鮨竹半の歴史

History

初代 竹内明夫、渋谷道玄坂「亀鮨」にて修行。

愛知県半田市から19歳で上京。
青島熊一師に師事。江戸時代からの業を受け継ぐ。

昭和 41 年

初代 竹内明夫、桜丘「和泉鮨」にて修行。

昭和 53 年

初代 竹内明夫、板橋区大山に「鮨竹半」開店。

半田市出身の竹内で「鮨竹半」を命名。

昭和 57 年

初代 竹内明夫の母 あさの永眠により「鮨竹半」閉店。

同年「和泉鮨」に再就職。

昭和 64 年

初代 竹内明夫、清子さんとご結婚。

平成 5 年 4 月

初代 竹内明夫、恵比寿に「鮨竹半」開店。

平成 7 年 7月 21日

有限会社あさの設立。

初代のお母様の名前 竹内あさのさんから命名。

平成 9 年 8 月 1 日

若槻 剛史、入社。

16歳から地元島根で鮨と和食を経験し、
26歳で上京 鮨竹半の門をたたく。

平成 14 年 3 月

若槻、退社。

銀座 すし屋の勘八で腕を磨く。

平成 16 年 3 月

先代の親方、女将さんに戻って来ないかと声を掛けて頂き出戻る。

平成 17 年 5 月

初代 竹内明夫、三年間の闘病生活の末 永眠。

平成 18 年 5 月 11 日

初代 竹内明夫の妻 清子、取締役就任。

平成 21 年 6 月 1 日

初代 竹内明夫の妻 清子 病に倒れる。

平成 22 年

若槻剛史、代表取締役就任。

先代からの思いを胸に「鮨竹半」二代目として初代の業と店を受け継ぐ。

平成 24 年 11 月 16 日

初代 竹内明夫の妻 清子、永眠。

平成 24 年 12 月 31 日

「鮨竹半」、「鮨竹半 若槻」に改名。

先代からの江戸前の仕事を基本に時代に合わせ
若槻の色も少しずつ出してゆく!
テーブル席を減らし待合のスペースを作りよりゆったりとした空間に。

平成 25 年 3 月 5 日

「鮨竹半 若槻」特別室改装。

掘りごたつ式からゆったりとしたテーブル席に改装。

平成 27 年 10 月

Uターンプロジェクト始動

鮨を架け橋に島根と東京を繋ぐ。

平成 28 年 2 月

有限会社 竹半に社名を変更。

竹半グループとして会社を伸ばして行くために邁進。

平成 29 年 3 月 30 日

「鮨竹半 若槻」、リニューアルオープン。

木のぬくもりを感じられるゆったりとした空間
「鮨竹半」拡大に向け邁進。

平成 29 年 6 月

鮨竹半 2 店舗目、NEW STYLE「KARUME」開店。

KARUME(軽め)に江戸前鮨を楽しむ
粋でいなせなKARUMEのおもてなし。

平成 29 年 6 月